あかるい職場応援団
厚生労働省

「パワハラ基本情報」裁判例を見てみよう

  • パワハラと認められなかったもの・パワハラを受けた人にも問題が認めれた裁判例

【第30回】
上司からパワーハラスメントを受けて適応障害に陥ったとして、慰謝料請求をした事案

事案の概要

社会福祉法人県民厚生会(「被告法人」という。)の経営するデイサービスセンターのセンター長であった原告が、上司である被告法人の常務理事(「被告理事」)からパワーハラスメントを受けて適応障害に陥ったとして、安全配慮義務違反及び不法行為に基づく損害賠償として慰謝料請求をした事案。

判旨

判決は、被告理事が

利用者数が伸び悩むデイサービスの利用者獲得のため、原告を始めとする職員に対し、近隣の住民宅へチラシを配布するよう複数回指示した。

会議において利用者数増加のための対策を立てるよう原告に求めた。

原告が業務上必要な物品購入の許可を求めた際、事業推移状況に応じて購入を検討すべきであるとの考えを持つ被告と意見が合わず、許可を得ることができず、そのため原告が対応に苦慮する状況が続いた。

看護師が退職したため、新たに看護師募集をチラシに掲載したい旨申し出た原告に対し、「あなたが必死になって看護師を連れてきなさいよ。」と叱責し、チラシに募集を掲載することを拒絶した。

被告法人が受給していた助成金について、受給要件を満たしていなかったにも関わらず受給要件を満たしていたかのように見せかけることによって返還すべき受給金を減額させる意図で、原告に看護師勤務表の作り直しを命じた。

との事実を認定し、加えてこれらの行為により原告は相当の心理的負荷を受けたことが容易に想定されるとも述べた。

もっとも、被告理事が原告にパワハラ行為を行う特段の動機は見当たらず、被告理事の指示や叱責等はそれが行き過ぎる場合があったとしても、主として発足したばかりのデイサービスの経営を軌道に乗せ、安定的な経営体制を構築しようという意図に出たものと推認され、それを超えて原告に対する私怨等に出たものとは認めるに足る証拠はないとした。

加えて、被告理事が原告に指示等した内容もその被告の常務という職務に照らして不当であるとはいえないと判断した。
結論的に、被告理事が職務上の立場を利用して日常的に原告に対し威圧的な言辞を用いたり、業務上の適正な範囲を超える業務を強要したとまで評価し得るような具体的事実を認めるに足る証拠はないとした。

コメント

本件は、原告が過重な業務により精神疾患を発症し、労災申請が認められていたケースで、上司である被告理事の行為がパワーハラスメントでもある、と訴えられたものです。

判旨は、被告理事の行為はいずれも職務遂行目的で行われ、内容も不当でないと判断しました。

一般に、パワーハラスメントは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいいます。

したがって、ある行為がパワーハラスメントに当たるかどうかは、事実関係の存否、行為が行われた目的、行為の態様、程度、当該行為によって労働者が精神的・肉体的苦痛を受けたかなどを検討していくことになります。

本件では、被告理事の行為により、原告が相当程度の苦痛を受けたことは認められましたが、被告理事の行為はあくまで業務遂行の目的に出たものであること、指示や指導内容が職務上不当とまではいえないことから、パワハラ行為をしたとは認められないと判断されました。

仮に本件で叱責の程度や頻度がより強く、労働者の受忍限度を超えるような態様であった場合には、業務遂行目的でした行為であっても、本件とは逆にパワーハラスメントと評価される可能性が十分にあります。

被告理事は原告がセンター長を務めるデイサービスセンターのほか、被告法人の経営するその他の施設の運営にも携わっている強い立場にある人間でしたので、原告の個別具体的状況を把握し、原告が精神的・肉体的苦痛を受けることのないよう、指導の際には叱責と取られるような言い方を避ける、指示や指導の理由を明確にするなどの配慮をすることが望ましかったといえるでしょう。

ところで、本件では、被告法人が助成金の受給要件を満たしていないのに満たしていたかのように装うため、原告に勤務表の作り直しを命じるという不正行為を行っており、原告がこの不正行為によって苦痛を受けたことも明らかになっています。

この点については、助成金の返金額を減額するために勤務表を作り直しを指示することは行政に対する不正行為であるとしても、原告に対する嫌がらせや不正の意図をもって自己の職務上の立場を殊更に利用して作業をさせたとまで認めるに足りる証拠はないと判断しました。

不正行為とパワーハラスメントとの関係について一定の判断を示した裁判例として参考になるでしょう。

 

著者プロフィール

石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業