あかるい職場応援団
厚生労働省

「パワハラ基本情報」【第54回】 「上司の言動により精神障害を発症し、自殺に及んだと判断された事案」 ―国・静岡労基署長(日研化学)事件

  • 精神的な攻撃型

【第54回】
上司の言動により精神障害を発症し、自殺に及んだと判断された事案

結論

上司の言動により、その部下は、社会通念上、客観的に見て精神疾患を発症させる程度に過剰な心理的負荷を受けたとして、部下の精神障害発症及び自殺は、業務に起因したものと判断し、労災保険給付の不支給処分を取り消した。

事案の概要

Aは、医薬品の製造、販売等を行うB社で、医療情報担当者として勤務していたところ、新たに上司となったC係長はAに対し、営業成績や仕事の仕方に関して、しばしば厳しい言葉を浴びせた。そうした中でAは身体の変調が現れ、営業上のトラブルも生じるようになった後、Aは自殺した。

その後、Aの妻であるXが労災保険給付を請求するも、給付は認められなかったことから、Xは不支給処分の取り消しを求めて訴訟を提起した。

判決のポイント

(1)業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには、ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。

(2)ICD―10のF0~F4に分類される精神障害の患者が自殺を図ったときには、当該精神障害により正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する取扱いが、医学的見地から妥当であると判断されていることが認められるから、業務により発症したICD―10のF0~F4に分類される精神障害に罹患していると認められる者が自殺を図った場合には、原則として、当該自殺による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である。(ICD―10:国際疾病分類第10版)

(3)Aが遺書においてC係長の言動を自殺の動機として挙げていること、AがC係長の着任後、しばしばC係長との関係が困難な状況にあることを周囲に打ち明けていたこと、Aの個体側要因に特段の問題は見当たらないことについて当事者間に争いがないことからして、Aが精神障害を発症した平成14年12月末~平成15年1月の時期までにAに加わった業務上の心理的負荷の原因となる出来事としては、C係長のAに対する発言を挙げることができる。

(4)C係長によるAに対する発言として、「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。おまえのカミさんも気がしれん、お願いだから消えてくれ。」「車のガソリン代がもったいない。」「お前は会社を食いものにしている、給料泥棒」「肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか。」などが認められる。

(5)C係長はAについて、部下として指導しなければならないという任務を自覚していたと同時に、Aに対し、強い不信感と嫌悪の感情を有していたものと認められる。

(6)上司とのトラブルに伴う心理的負荷が、企業等において一般的に生じ得る程度のものである限り、社会通念上客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であるとは認められない。しかしながら、そのトラブルの内容が、通常予定されるような範疇を超えるものである場合には、従業員に精神障害を発症させる程度に過重であると評価されるのは当然である。

(7)本件では以下の①~④に照らすと、Aが業務上接したC係長との関係の心理的負荷は、精神的障害を発症させる程度に過重なものと評価できる。

C係長の言葉は、10年以上のMRとしての経験を有するAのキャリアを否定し、そもそもMRとして本件会社で稼働することを否定する内容であるばかりか、中には、Aの人格、存在自体を否定するものもある。

C係長のAに対する発言は、言葉自体の内容に加え、営業活動の基本すらできておらず身なりもだらしないというAに対する評価、Aの死後に同僚やAの親族に対してした発言内容からも、C係長がAに対し嫌悪の感情を有していたことが認められる。

C係長の性格と他人に対する態度は、自分の思ったこと、感じたことを、特に相手方の立場や感情を配慮することなく、直截に表現し、しかも大きい声で傍若無人に(受ける部下の立場からすれば威圧的に)発言するというものである。

C係長とAが所属する係の勤務形態(直行直帰を原則とし、係員で集まることは月曜日の営業所での打合せのほかは、不定期に週に1、2回必要に応じて集まるという勤務形態)からして、AはC係長から受ける厳しいことばを、心理的負荷のはけ口なく受け止めなければならなかった上、周囲の者やB社が、係の人間関係ひいてはAの異常に気付き難い職場環境にあったものと認められる。

コメント

上司から業務上の厳しい言動を受けた部下が自殺した場合に、かかる自殺について業務起因性が認められる場合がある。

本件は、C係長が、部下であるAについて、営業社員としての身なりや営業姿勢に問題があると感じ、部下として指導しなければならないという任務を自覚するとともに、Aに対し、強い不信感と嫌悪の感情を有していたために、行き過ぎた言動に出たものである。上司は部下を注意指導する際には、部下の人格や存在自体を否定するような言動や、嫌悪の感情に基づく発言はせず、相手方の立場や感情に配慮する必要がある。

 

著者プロフィール

荻谷 聡史(おぎや さとし)
安西法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録